大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)38号 判決 1991年12月10日
原告
岡本悦司
被告
大阪府医師国民健康保険組合
右代表者理事長
植松治雄
右訴訟代理人弁護士
間石成人
同
阿多博文
主文
一 原告が平成二年六月二〇日付けでした組合加入申込に対し、被告が同年七月一〇日付けでした不受理処分の取消を求める訴えを却下する。
二 原告が平成二年一二月二〇日付けでした被保険者証の交付請求につき、被告が同年一二月二八日付けでした不交付処分の取消を求める請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一原告が平成二年六月二〇日付けでした組合加入申込に対し、被告が同年七月一〇日付けでした不受理処分を取消す。
二原告が平成二年一二月二〇日付けでした被保険者証の交付請求につき、被告が同年一二月二八日付けでした不交付処分を取消す。
第二事案の概要
一争いのない事実(明らかに争いのない事実を含む。)
1 当事者
(一) 原告は、大阪府八尾市に住所を有する医師である。原告は、大阪府医師会の会員ではない。
(二) 被告は、国民健康保険法一三条に基づき国民健康保険事業を行なう公法人である。
2 被告の組合規約
被告の組合規約(以下「本件規約」という。)は、組合員の範囲及び加入の申込に関し、次のとおり規定する。
第七条 組合員は、大阪府医師会員であって第四条の地区内に住所を有するものとする。
なお、大阪府八尾市は、規約第四条の地区に該当する。
第九条 組合に加入しようとする者は、氏名、住所、性別、生年月日及び法第六条各号に関する事項並びに被保険者となる者の氏名、住所、性別、生年月日、職業及び法第六条各号に関する事項を記載した書面を所属団体を経由して、組合に申込まねばならない。
2 前項の加入の申込をした者は、理事が加入の申込を受理した日に組合員となる。
3 原告の加入申込の不受理
(一) 原告は被告に対し、本件規約第九条所定の事項を記載した平成二年六月二〇日付け加入申込書を送付し、被告への加入申込をした。
(二) 被告は原告に対し、同年七月一〇日付けをもって、原告が大阪府医師会員ではないことを理由として、原告の右加入申込は受理できない旨の通知をした(以下「本件不受理」という。)。
4 被保険者証の不交付
(一) 原告は被告に対し、平成二年一二月二〇日付けで、被保険者証の交付を請求した。
(二) 被告は原告に対し、同年一二月二八日付けをもって、原告は被保険者に該当しないことを理由として、被保険者証を交付することはできない旨の通知をした(以下「本件不交付」という。)。
二原告の主張の骨子
本件規約第七条が、「同種の事業又は業務に従事する者」を組合員として国民健康保険組合を組織すべき旨を定める国民健康保険法一三条一項に違反し無効であることは、以下に述べるとおりである。
1 本件規約第七条は、組合員の範囲を、医業という同種の事業に従事する者のうち、大阪府医師会員に限定している点で、国民健康保険法一三条一項に違反する。
2 本件規約第七条は、大阪府医師会員であれば、医業に従事しない者であっても組合員資格を認めるもので、この点でも、国民健康保険法一三条一項に違反する。
右に述べたように、本件規約第七条は、組合員の範囲を大阪府医師会員とする点で違法無効であるから、大阪府八尾市に住所を有する医師である原告は、被告の組合員となる資格を有する者である。したがって、原告は、前記加入申込によって被告の組合員となり、国民健康保険法二〇条によりその被保険者たる資格を取得したことが明らかであるから、被告がした本件不受理及び本件不交付はいずれも違法である。
第三判断
一本件不受理及び本件不交付の処分性について
1 本件不受理の処分性
原告は、本件不受理が行政事件訴訟法三条にいう処分に当たることを前提として、その取消を求める。
取消訴訟の対象となるべき行政庁の処分とは、当該行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又は、その範囲を確定することが法律によって認められているものをいうところ、本件不受理に、右のような法的効果を認めるべき法律上の根拠はなく、これを処分と認めることができないことは、以下に説示するとおりである。
国民健康保険法一三条一項によれば、国民健康保険組合の組合員となる資格を有する者は、すべて国民健康保険組合に加入することができるものと解される。組合員となる資格については、国民健康保険組合の規約事項とされている(国民健康保険法一八条三号)が、規約に定められた資格を有する者は、当該組合への加入申込によりその組合員となり、法律上当然に当該組合が行なう保険事業の被保険者たる資格を取得する(国民健康保険法二〇条)ものというべきであって、国民健康保険法上、規約に定められた組合員資格を有する者が加入の申込をした場合に、国民健康保険組合が、当該申込者に対する組合員たる地位ないし被保険者たる資格の付与、不付与を決定するがごとき処分権限を有していると解すべき根拠はないからである。
もっとも、国民健康保険法一八条四号が組合員の加入に関する事項を規約事項と定めていることを根拠として、組合員たる地位の取得を国民健康保険組合の処分に係らしめるような規約を定めることも国民健康保険法上許容されており、本件規約第九条二項は、加入申込を受理するという被告の行為によって、加入申込者は組合員たる地位を取得し得る旨を定めたものであると解すべきではないのかについては、検討の余地がないではない。しかし、国民健康保険法一八条四号は、当該組合への加入手続等を規約に定めるべきことを規定したものと解され、その文言や事柄の性質に照らし、この規定が、公法人である国民健康保険組合の規約に、国民の権利義務を形成し又は確定する処分を創設することを委任するものとは解し難い。しかも、本件規約第九条二項が定める加入申込を受理するという行為は、意思表示の受理という受動的な行為であって、本件規約上、受理の有無について加入申込者に告知すべき旨を定めた規定もないことをも考慮すれば、加入申込の不受理ないしその通知をもって、被告の組合員たる地位の形成に関わる処分であると解することは到底できない。
そして、国民健康保険法九一条が、被保険者証の交付の請求に関する処分を審査請求事項としている点に鑑みると、国民健康保険法は、加入申込者が組合員となる資格を有しているか否かの点や加入申込によって組合員たる地位ないし被保険者たる資格を取得したか否かの点については、被保険者証の交付の請求に関する処分に係る争訟という形で争わせることを予定していることが明らかである。
以上のように、本件不受理に国民の権利義務を形成し又は確定する法的効果があると認めるべき法律上の根拠はなく、これを処分と認めることはできず、その取消を求める訴えは、不適法というほかはない。
2 本件不交付の処分性
次いで、本件不交付の処分性について検討を進める。
国民健康保険組合の組合員は当該組合に対し、被保険者証の交付を求める権利を有し(国民健康保険法二二条、第九条二項)、国民健康保険法三六条一項一号ないし四号所定の療養の給付を受けるためには、原則として、右請求により交付を受けた被保険者証を提出することを要するものとされている(国民健康保険法三六条五項本文)。これらの規定に鑑みると、国民健康保険組合が、被保険者証の交付請求を拒否する行為は、国民健康保険法上被保険者に認められた被保険者証の交付請求に対する拒否の応答行為であるとともに、被保険者証を提出して療養の給付を受け得る地位の形成を拒否する法的効果を有するものということができる。そして、前述したように、国民健康保険法九一条が、被保険者証の交付の請求に関する処分を審査請求事項としていることからも、同法は、被保険者証の交付請求に対する応答行為が処分に当ることを前提として、加入申込者が組合員となる資格を有しているか否かの点や加入申込によって組合員たる地位ないし被保険者たる資格を取得したか否かの点については、被保険者証の交付の請求に関する処分に係る争訟という形で争わせることを予定しているものと解される。
以上に述べた、被保険者証の不交付の措置の法的効果や、国民健康保険法九一条の規定に照らすならば、本件不交付は、取消訴訟の対象となる処分に当たるものということができる。
二本件規約第七条の有効性
1 国民健康保険法一三条一項は、「国民健康保険組合は、同種の事業又は業務に従事する者で当該組合の地区内に住所を有するものを組合員として組織する。」と規定しており、組合員の範囲につき、「組合員は、大阪府医師会員であって第四条の地区内に住所を有するものとする。」と定める本件規約第七条は、被告の組合員となる資格を有する者の範囲を、医業という同種の業務に従事する者のうち大阪府医師会員である者に限定するものといえる。
国民健康保険組合の規約は、国民健康保険法の諸規定に適合するものでなければならず、国民健康保険法の諸規定に反する規約の規定は無効と解すべきことは、原告主張のとおりであるが、<書証番号略>によって認められる国民健康保険組合制度の沿革、公刊された図書(清水玄・国民健康保険法、川村秀文他・詳解国民健康保険法)により裁判所に顕著な事実を総合して判断するならば、組合員の範囲につき、同種の業務に従事する者であることに加え、職能的団結を基礎とする特定の団体に属する者とするとの限定を加えることは、国民健康保険法一三条一項の趣旨に反するものとはいえないことは、以下に説示するとおりである。
(一) 現行の国民健康保険法一三条以下の規定に基づき組織される国民健康保険組合は、旧国民健康保険法(昭和一三年法律第六〇号)(以下「旧法」という。)九条以下の規定に基づき組織された特別国民健康保険組合に沿革を有し、その制度を承継したものである。
(二) 旧法下における国民健康保険は、その制定当初は、国民健康保険組合をもって行なうものとされ(旧法二条。ただし、昭和二三年法律第七〇号による改正前。)その設立及びこれに対する加入については、任意設立任意加入の原則が採用された。しかし、国民健康保険組合への加入が任意であるがために、弱者のみがこれに加入するような事態となれば健全な社会保険制度を実現するためには、事実上、強制加入制度を採用したのと同様の加入がされることが望ましいものといえる。そこで、国民健康保険の保険者たる国民健康保険組合は、当該組合の組合員となる資格を有する者の大多数が当該組合に加入することが期待できるようなものであるべきであるとの立法趣旨の下で、旧法においては、普通国民健康保険組合と特別国民健康保険組合の制度が定められた。普通国民健康保険組合が郷土的団結を基礎とするのに対し、特別国民健康保険組合は、職能的団結が強固な既存の組織を母体とするなど、同業者相互間の職能的団結を基礎とするものであり、それぞれの組合設立の基礎となる団結の力によって、事実上、強制加入制度を採用するのに近い効果を挙げることが期待されていた。
このような立法趣旨の下に、旧法一〇条一項後段は、特別国民健康保険組合の設立につき、同一の事業又は同種の業種に従事する者を組合員として組織すると規定したのである。そして、同条項の立法趣旨に従い、特別国民健康保険組合の設立認可に当たっては、組合員となるべき者相互において同業者としての連係が強く、特別国民健康保険組合の母体となる組織体の基礎が強固であり、かつ、円滑に運営されていることが、認可方針とされており(昭和二九年九月一〇日保発七一号、都道府県知事宛保険局長通牒)、さらに、特別国民健康保険組合の規約の定め方について、組合員の範囲を、「○○組合に属する○○事業に従事する者をもって組織する。」と定めることが例示されるなど、同業者のうち、特に職能的団結の強固な組織体加入者のみを組合員として特別国民健康保険組合を組織することは、特別国民健康保険組合の典型的な形態とされていた。
(三) 右(二)に説示したような認可基準の下に設立がされた特別国民健康保険組合は給付内容、保険行政その他事業運営についても適正妥当なものが多く、市町村が行なう国民健康保険の及び得ない特色を発揮することができるものと認められ、旧法の全面改正による現行国民健康保険法の制定に当たっても、国民健康保険組合と名称を改め保険者の地位を認められた(国民健康保険法施行法八条)のであって、この改正でも、組合員の範囲についての法の規制の趣旨に変更はなかった。
以上に説示したところによれば、国民健康保険法一三条一項の立法趣旨は、職能的団結を基礎として国民健康保険組合を設立させるとの点にあり、同業者のうち、特に職能的団結の強固な組織体加入者のみを組合員として国民健康保険組合を組織することは、単なる同業者を組合員として組合を組織する場合に比して、組合設立の基礎となる職能的団結がより強固なものとなるのであるから、国民健康保険法一三条一項による規制の趣旨に背馳するものではない。したがって、本件規約第七条が、被告の組合員となる資格を有する者の範囲を、医業という同種の業務に従事する者のうち大阪府医師会員である者に限定することは、国民健康保険法一三条一項に違反するものではない。
2 原告の主張に対する検討
(一) 原告は、医師会は、その会員である医師が全国の医師の約二分の一にすぎない任意加入の団体であり、高額な入会金や会費の徴収を行なっている関係上、医師であれば誰もが入会できるわけでないという現状の下で、医業に従事することに加えて、医師会員であることを、国民健康保険組合の組合員となる資格にすることを認めたならば、医師会員でない医師は、市町村が行なう国民健康保険の被保険者となるほかはなく、同じ医業に従事する者でありながら、医師会員たる医師と比べて著しく不利益な立場に置かれることになるとして、このような不合理は、国民健康保険法一三条一項が許容しないところであると主張する。
しかし、既に説示したとおり、国民健康保険法一三条一項による規制の趣旨は、職能的団結を基礎として国民健康保険組合を設立させるとの点にある。国民健康保険法には、同一地域において同種の事業又は業務に従事する者を組合員とする国民健康保険組合の設立を一つに限定する規定もなく、同法は、複数の同業者団体が、その加入者を組合員として、それぞれ国民健康保険組合を設立することを禁じてはいないものと解されることなども考慮すると、同法一三条一項が、一定の地域に居住する同種の事業又は業務に従事する者に対して、均質な保険事業を実現することを要求していると解することはできず、原告の右主張は失当である。
(二) 原告は、国民健康保険法一三条一項と同様の規定をおく国民年金法一一六条二項に基づき設立される職能型国民年金基金は、業界のある団体のみで作れるものではなく、業界の総意として運営されるもので、同種の事業・業務については全国で一つしかできないことがその特徴とされており、その制度の趣旨として、業種の所得保障を厚くして福利厚生を図るもので、特定の組織の防衛団体と考えてはいけないことなどが強調されていることに鑑みても、同種の事業に従事する者のうち特定の組織(大阪府医師会)に加入するものだけを組合員とする本件規約第七条は、国民健康保険法一三条一項に違反すると主張する。
しかし、原告が主張する職能型国民年金基金の特徴や制度趣旨の説明(<書証番号略>)は、平成元年法律九六号による国民年金法の改正により、全国単一の職能型国民年金基金制度が設けられたことに伴うものであって、国民年金法一一八条の二のような規定のない国民健康保険組合と、その制度趣旨が同様であると解することはできない。したがって、原告の右主張も失当である。
(三) 原告は、同種の事業に従事する者のうち特定の組織(大阪府医師会)に加入するものだけを組合員とする本件規約第七条は、国民健康保険法一三条一項に違反するとの解釈は、行政実例(昭和二九年七月九日保文発第七七三三号厚生省保険局国民健康保険課長通知)によっても支持されている(<書証番号略>)との趣旨の主張もする。
しかし、右行政実例は、物品販売業のような広範かつ抽象的な事業に従事するというのでは、同種の事業又は業務に従事するとの要件を充足しないとの理由から、同業者に該当しないこれらの者が商店街連盟等を組織し、これに加盟する者を組合員とする場合でも、このような国民健康保険組合は認められないことを明らかにするものであって、右行政実例をもって、原告の主張を支持するものということはできない。
(四) 原告は、本件規約第七条は、大阪府医師会員であれば、医業に従事しない者であっても組合員資格を認めるもので、この点でも、国民健康保険法一三条一項に違反すると主張する。
原告は、大阪府医師会員でないために、被告の行なう保険事業の被保険者たる資格を認められなかったのであって、本件規約第七条が、医業に従事しない者にも組合員となる資格を認めるものであり、かつ、それが違法であるとしても、このことは、本件不交付とは何の関わりもなく、その違法理由とはなり得ないことが主張自体から明らかである。したがって、右主張も失当である。
3 以上のとおり、本件規約第七条が、被告の組合員となる資格を有する者の範囲を、医業という同種の業務に従事する者のうち大阪府医師会員である者に限定することは、国民健康保険法一三条一項に違反するものではなく、右の限定が違法であるとする原告の主張は失当であるうえ、他に本件不交付を違法とする理由はない。
三結論
よって、本件不受理の取消を求める訴えは不適法であるからこれを却下し、本件不交付の取消を求める請求は失当であるからこれを棄却することして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松尾政行 裁判官綿引万里子 裁判官和久田斉)